鐘山の滝、もしかして・・・

 喫茶店で富士五湖周辺の観光ガイドブックを見ていたら、鐘山の滝のことが出ていた。「かなやまのたき」と読む。
 へー、知らなかったなあ。じゃ、いっちょ行ってみるかってことで、138号線沿いにある「富士吉田市歴史民族博物館」のそばのこの滝に向かう。
 ガイドブックの地図によると、滝は小道をはさんで博物館の反対側にあるんだけど、見回してもどこにも案内がない。それらしい場所にある狭い階段を下りて奥をのぞくと、確かに滝があった。
 辺りは静謐で清涼感が漂う。まん中の岩によって水流が二手に分岐してなかなかいい形してる。奥に架かった古びた橋には大いにそそられる。

 でもちょっとなんか、まわりの雰囲気が・・・
 滝まで行く途中に民家や公衆トイレと思われる施設があり、岸にはバーベキュー場や大きなテーブルなども用意されているのだが、なんか全体的に古めかしい。もしかして、廃墟?
 見回すと、やたらと看板が目につく。
 白いのは「富士見公園開発経由」なるもので、この場所は堀内家が開発して所有しているというようなことが書いてある。日付は昭和51年。
 「光鱗の洞穴」というのを昭和2年に発見し、天然記念物の指定を受けたとも書かれている。
 上の黒っぽい看板のことは次の欄に。

 白い看板の上には「富士吉田市」の看板が。滝の由来が書いてあり、ってことは、単なる個人資産ということではなく、市も関与してるんですかね。

 「光鱗の洞穴案内」の看板。「ローソクを持ってご案内致します」と書いてある。怖いけど興味が湧く。滝の奥の橋にも行ってみたい。
 お話をうかがってみようかと、入り口の家とはちがう、右手奥の民家を訪ねたが、人影はない。家の脇には腐りかけた車が放置されている。
 ちょっと、これって・・・

 家のそばに設置された看板には、ここにあった高山植物が「夜昼なく盗人に取られてこのようになりました 園主」と、恨みがましく書いてある。相当に古ぼけているが、いったいいつ掛けられたものなんだろう。
 時折訪れる観光客以外周囲に人の気配はなく、もうずっと以前から誰も住んでいないんではないかと思われる。
  この地には幾多の“おどろどろしい”歴史が刻まれているのかもしれない。もしかして・・・
 ボクは霊感なんかないから、なーんもわかりませんけどね。

 帰りに山中湖に立ち寄る。
 
「長沼親水公園」にて撮影した富士山。見えないけど。湖の向こう岸に写っているのは富士山のすそ野のはず。
 ガイドブックによると、山中湖の旭日丘の対岸にあるこの公園からはきれいな逆さ富士が見えるんだそうだ。
 しかし、夏はなかなか富士山が見えない。