|
||||||||||||||||||||||||||||||
|
●母と子のコミュニケーションで一番大切なことは?
|
||||||||||||||||||||||||||||||
| この冬は例年になくインフルエンザの出足が遅く、このまま春になってしまうのでは? と油断しかけたころ、一気に全国的に広がりましたね。その勢いはとどまるところを知らず、春一番が吹いて以降もなお猛威を振るっています。…だからというわけでもありませんが、このところ更新がままならず、前回の更新から3カ月以上も経ってしまいました。申し訳ありません。 ともあれ、気を取り直して、と。 近所のスーパーマーケットで買い物をしているとき、ふといなかの母を思い出しました。自分でも驚くほど唐突に母の顔が浮かんだものですから、私は思わず立ち止まってしまいました。母に面影が似ている人が視界をよぎったのかと辺りを見回したり、陳列棚に並ぶ商品から母との接点を探ったり、店内に流れるBGMに手がかりを求めたりしましたが、いずれも母とは結びつきませんでした。 まさか虫の知らせ? いや違う。だって何だか心がほわんと温かくなるような、安らかな感じだったから。でもいったいなぜ…。やっぱりわからない…。あきらめて歩きかけたそのとき、ようやく思い当たりました。惣菜コーナーからほのかに届く「ぬか」の匂いだったのです。気づいた瞬間、幼いころの母との記憶が、するすると脳裏によみがえってきました。風邪で寝込んだとき、そっと額に触れた母の手、いたずらをして逃げ回る私を追いかける母の怒った顔、台所に立つ母の後ろ姿、呼びかけに振り向く母の優しい笑顔…。 そうした思い出のすべてが、ぬかの匂いとともにありました。母は私が生まれるずっと前から、ぬか床を作っていたのです。 「そうだ。私にとっての『お母さんのにおい』はぬかだったんだ」 私は何だか、しみじみとうれしくなってしまいました。 思えば、痛みや悲しみの記憶はいつしか薄れていきますが、匂いの記憶って、いつまでも残っているものなんですね。みなさんはいかがですか? 幼いころ、必ず同じタオルを鼻先に当てて寝ていたとか、お母さんの匂いのついた布団に入るとなぜか安心したとか…。大人になっても、そのころの匂いは覚えているのではないでしょうか。というより、何かの拍子で同じような匂いをかいだとき、くっきりと思い出すことの方が多いかもしれませんね。 匂いといえば、国立小児病院名誉院長、東大名誉教授、チャイルド・リサーチ・ネット所長などを兼任する小児科医の小林登先生が、赤ちゃんの嗅覚に関して興味深い実験を行っています。それによると、赤ちゃんは生後5、6日もすれば母親の匂いをかぎ当てられることがわかったそうです。そういえば、私自身も日々とのうち小児科で大勢のお子さんと接していると、不思議に思うことがしばしばあります。例えば赤ちゃんがむずかったとき、私たち看護婦が代わるがわるあやしても全然泣きやまないのに、お母さんが抱くとピタリと泣きやんでしまうのです。まだ目の開かない、生まれて間もない赤ちゃんや、人見知りが始まる前の子でもそうなのです。抱かれ心地の違いというのもあるでしょうが、やっぱり赤ちゃんが一番安心するのはお母さんの匂いなのではないかと思います。 そう考えると母子のコミュニケーションというのは、子どもと積極的に会話をしたり、一緒に歌を歌ったり遊んだりすることだけではなく、ただ子どもの隣に座って、同じものを見たり聞いたりしているだけで十分なのかもしれません。そう、子どものために何かをしなければ、と肩肘はる必要などなく、今までと同じように自然に子どもと接していればいいんですよね。 自分で言って自分で肩の荷を下ろしていては世話ありませんが、私は何かと後悔することの多かったこれまでの子育てが、それほど間違ってもいなかったんじゃないかな、と思えるようになりました。 数日後、台所で娘と一緒にカレーラースを作っていると、ふと包丁を握る手を止め、娘がつぶやきました。 「この手に残る玉ネギとにんにくの匂いが好き。何かホッとするんだ。次の日にかぐと、まだ少し残ってて」 そして私の手と自分の手を交互にとり、匂いをかいでいます。どうやら娘も、母の手に残る匂いに何かを感じてくれていたようです。 私はくすぐったい気分になり、それから少し胸が熱くなりました。 |
||||||||||||||||||||||||||||||